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開発の鉄人~火にかけない圧力釜~

2006.04.01
2006/04/01 日経ものづくり
高圧機器を作り続けてきた会社が、その技術を生かして食品機械に進出する。
それも、今までになかった機械。
生の魚を入れると魚醤(ぎょしょう)が出てくる。魚のおいしさを完全に引き出した上、無塩。
日本人はもっと健康になる。


 皆さん「アンチエイジング」してますか、「デトックス」はどうですか。チャラチャラした流行語を並べて申し訳ないが、健康志向の勢いは止まらない。健康であるためには出費を惜しまない人がいっぱいいる。これはビジネスにつなげるしかないでしょう。
 うちのお客さんで、東洋高圧という会社が広島市にあってね、すごいものを作った。食品を圧縮するだけでエキスを取り出す装置だ(図1)。いや、正確じゃないかな。エキスというと絞りかすが出そうなもんだけど、これはほとんど全部食べられる、または飲める。商品名は「まるごとエキス」だから、正確だということにしておこう。

【絞ってしょうゆを造る】
 しかも発酵を促進できる。例えば魚をこの装置に入れて圧縮すると、24時間で魚醤ができちゃう。魚醤ってあるよね。タイでナンプラー、ベトナムではニョクマム、日本でも秋田のしょっつるなんかは魚醤の一種だ。普通のしょうゆは豆から作るけど、これは魚が原料で、魚のうまみを楽しめる。
 普通は大変な時間と手間をかけて造る。ナンプラーなどは2年も発酵させるらしい。だから24時間ってのはありがたいよ。1/700の大きさの装置で同じ生産能力を出せるわけだからね。事実、中の容積が10L、本体の幅が800mmというささやかな装置でも、かなりの生産量になる。もちろん食品工業での量産用に300Lという“プラント”的な製品も用意してある。
 しかも健康に良い。圧力が腐敗微生物の増殖を抑えてくれるから、塩を加える必要がない。塩味が薄いから別種の新しい食品なのだが、魚醤の一種であることは確かだ。
 例えば、イワシがもともと1g当たり3400個の生菌を持っていた場合、25MPaで加圧すると5400万個に増えちゃう。圧力を変えて実験すると、50 MPaなら3100個、75MPaでは1800個、100MPaまで上げると1500個に減る。

【新しい食品を創造】
 魚だと魚醤になる。イカだと「塩辛くない塩辛」かな。タコでもカキでも調味料になっちゃう。レモンやグレープフルーツ、カボス、スダチなどのかんきつ類やワカメ、ヒジキなどの海藻類、ホウレン草、キャベツ、ニンジン、カボチャなどの緑黄色野菜まで圧縮できる。スープやポタージュなど、いろいろな形に加工できる。
 これを使ったバーモント酢ってのを飲んだことがあるけど、うまいんだこれが。リンゴ酢、米酢に、クロレラ、ローヤルゼリー、高麗こうらいニンジンなどのエキスを入れ、さらにビタミンやカルシウムを強化したものだ。こうしたエキスを取り出すのに東洋高圧の装置が活躍している。
 「圧縮する」といっても、漬物石を載せるような粗雑なものじゃないよ。キチンと四方八方から均等に静水圧をかける。素材をポリ袋に入れて、その装置の水の中にポチャンと入れる。で、フタをして圧力をかける。簡単なものはレバーを何回か押すだけで圧力をかけられる(図4)。水は非圧縮性だから、圧力を思いっきり上げても仕事量は大したことはない。
 このように圧縮すると、食品の細胞膜が壊れるんだろうね。魚は自分が持っている酵素で分解していく。野菜などの場合はちょっと違って、酵素を加えてやる必要がある。加える酵素の種類、圧力、温度、時間…この辺のノウハウを着々と蓄えてきている。
 ついでに言うと、水は非圧縮性だから、万一装置にトラブルがあっても危険はない。同じ高圧でも空気のように圧縮性のものだと爆発するけどね。圧力は高くても、ため込んだエネルギは少ないんだ。
 圧力は50~100MPaで温度は40~60℃。“圧力鍋”だけど火にはかけないって感じかな。

【素材の良さを殺さない】
 健康に良い食品には基本セオリーがあってね、とにかく、できるだけ加熱はしないことなんだ。たんぱく質が変質するからね。だから、火を通さないこの製法は最高だ。日本人の大好きな発酵食品でありながら無塩だ。イワシの例でいうと、塩分が0.6%しかない。一般の魚醤が20.9%、大豆のしょうゆが13.6%だから、無塩と呼んじゃっていいだろう。これはイワシがもともと持っていた塩分だろうからね。
 全窒素は2.6%。魚醤が1.7%でしょうゆが1.4%だから2倍弱。全アミノ酸は11.6%で、魚醤が8.5%でしょうゆが7.0%だから1.5倍前後かな。グルタミン酸は1.5%あり、魚醤もしょうゆも1.2%だから若干多い程度。グルタミン酸など、数字の差は0.3%と小さいが、これがうまみに大きく効くんだ。

【もともとは重厚長大】
 東洋高圧は、研究用の高圧容器の世界で長く商売をしてきた。食品工業でなく、もっと重厚長大の世界ね。鉄鋼とか、エネルギ、原子力工業なんかの業界は高圧を取り扱うことが多いからね。
 これは一品生産で、ノウハウはたまるけど、次につながらない。秘密保持契約を結んで仕事をするから、次の仕事に生かそうとしてもできないんだ。1件1件の利益率は高くても、会社全体として効率が悪い。そこで社長の野口賢二郎さんは、量産品に進出しようと考えた。自社で設計した独自商品なら今まで蓄積してきたものが生きる。もちろん秘密保持契約は守った上でだよ。
 選んだのが超臨界。コーヒーからカフェインを抜くという工程で使われたのがきっかけで広がってきた。それでも年に1台とか、そんな小さな商売だった。
 でも、超臨界では長い間商売ができた。ヒノキの廃材に高圧をかけてオイルを抽出する装置とかね。オイルが高く売れる上、残ったヒノキの方も腐りやすくなって土に戻すのが楽になる。超電導とか、「超」の付くものはブームになりやすいんだけど、超臨界はブームにならない代わりに息が長い。
 超臨界は用途が広いんだ。だから、うち(システム・インテグレーション)でお手伝いしてパンフレットを作った。そこにはリコピン油の抽出など、58種類もの例を紹介した(図5)。だからというわけではないんだけど、今では超臨界装置では45%というトップシェアの会社だ。

【蓄積があったから】
 その延長線上にあるのが「まるごとエキス」だ。圧力を利用して天然物をエキスにする研究は、広島県立食品工業技術センターが2001年に着手、2003年には特許を取得した。東洋高圧は「これはいける」と踏んだ。すぐに広島県からライセンスを受けて装置の開発、そして試作に取り掛かった。
 高圧の容器というだけなら他社の商品にもある。焼結品を固めるHIP(熱間静水圧圧縮)装置なんかは大メーカーがやってるよね。ところが、それはとてつもなく高いらしい。例えば大手が2000万円で作る装置が、東洋高圧では800万円でできちゃう。高圧の容器を造る技術、そのフタ、圧力の制御、具体的な部分では超臨界シェアトップの経験が生きる(図6)。
 こういう蓄積があるから、食品機械の話が持ち上がってもパパッと対応できたんだよ。ヒット商品は一日にして成らずだね。

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